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2017年9月7日木曜日

毒ガスで人類全滅するので酸素ボンベを買い占める:『毒ガス帯』 コナン・ドイル。1913年|今日のSF


『毒ガス帯』 コナン・ドイル。『毒ガス帯』といくつかの短編集。『毒ガス帯』が1913年である。コナン・ドイルのSF作品集。しぶい。古い。

こういう古い娯楽作品は、科学技術が古いのは当たり前なので置いておくとして、それより読んで問題なのが、差別や偏見である。倫理や社会正義のようなものを、我々は普遍的なものと思って生きているが、100年もするとずいぶん今とは違っているのがわかる。

とうぜん、100年後もまた違うのだろうけど、それは置いておいて、コナン・ドイルはまだましな方である。それなりに読める。思ったよりおもしろい。この時代の娯楽ものは、あまり長くなると読むのが苦しいのだが、これくらいの短編だと、古めかしい部分もまだ楽しめるので悪くない。

これ以上長くなると苦しくなると思う。特にこの時代のものはスリルとサスペンスの感覚が今とは違っていて緩い。緩いというか、ほとんどない。良く言うとおおらかなのだが、昔はこのおおらかな雰囲気が、紳士階級な気分を感じられて、これが娯楽作品というものだったのだろう。

もう少し後の時代のアガサ・クリスティなどの正統派推理小説あたりまでこの感覚は残っている。現代のベストセラーのような、無駄なプロットを切り詰めたスリルとサスペンスの感覚は、近代のもので当時はなかったのだろう。

話は地球が毒ガスの帯に突入するので、当時の紳士達が酸素ボンベを買い占めて、数日間は生き延びようという話。人類が絶滅するのに、ひょうひょうとしてあまりあせらない、というのが当時の紳士階級のたしなみで、好ましく思われていたものなのだろう。日本でいうと武士階級だよな。

このまま、全滅したらそれはそれでけっこうすごい話なのだが、あにはからん。実は数日間、気絶させるだけのガスとわかるのである。もちろんコナン・ドイルもこのまま、ぶっ殺してやろうかと考えたと思うが、当時の娯楽作品の市場ではそれではショックが大きすぎて売れなくなるので、いちおう、生き返らせてやったというところだろう。このへんの事情は、今とは変わらんと思う。


毒ガス帯―チャレンジャー教授シリーズ (創元SF文庫) 文庫 – 1971/2/12
コナン・ドイル (著), 龍口 直太郎 (翻訳)

ある日地球の軌道上に突如としてエーテルの毒ガス帯が発生し、人類の運命は風前の灯となった。この危機を最初に発見したチャレンジャー教授は、酸素ボンベをかかえて地球の終焉を見とどけようとする。やがて世界各地から大恐怖の惨状がつぎつぎに報告されてきた。「地球最後の日」という最もSF的なテーマに取り組んだ巨匠ドイルの傑作。

毒ガス帯(The Poison Belt, 1913年、中編):地球が毒性エーテルの雲を通過し、人類滅亡の危機が迫る。





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2017年9月4日月曜日

1971年:『地球人よ、警戒せよ』ポール・アンダースン|今日のSF


『地球人よ、警戒せよ』ポール・アンダースンである。1971年。これも古い。古いがちょい古くらいで、すでに近代に突入している。もう普通に現代の感覚で読める。

読んだのが半年くらい前なので、内容をすっかり忘れていたが、ネットであらすじを調べたら短編集だった。覚えてないはずだ。あらすじを見てたら、内容を思い出したが、できはけっこう良い。なかなか良い奴がいくつかあり、たいしたことがないのが、いくつかある。

このころのSFは、フレデリック・ブラウンのように『短い短編』という需要があったのだな。 今は短編は、ほとんど主流からはずれたんじゃないかな。その原因の一つとして、アイデア一発で勝負、というのが通用しにくくなってきたせいがあると思う。たぶん、もっと、総合的な娯楽大作のようなのを求められてる。

あと、ちょいと気の利いたひねりのある話、みたいのも通用しなくなった。このへんは文学のジャンルが吸収したのかな。 昔よりSFの幅が狭くなった。

地球人よ、警戒せよ! (創元推理文庫 638-2) 文庫 – 1971/5
ポール・アンダースン (著), 榎林 哲 (翻訳)





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2017年9月3日日曜日

なかなか良い:『地球への追放者』K・H.シェール|今日のSF


『地球への追放者』K・H.シェールである。これも古いが、前回のラインスターよりはもう一息新しい1964年である。最近は『分厚い方が売れる』というベストセラーの法則が海外ではあるようで、どの本も厚いが、この頃はこういう短くて小気味が良い長編も多かった。とうぜん、値段も安いので、最初の頃は、こういうのをよく読んでいた。

これもなかなか良くて、無駄なく短くおもしろい。コーヒーを飲むと酔っ払うコメディリリーフの宇宙人のおっさんなども出てきて、楽しい娯楽作品になっている。

K・Hは、カール・ヘルベルトらしい。カール・ヘルベルト・シェールか。


*アシュト星人トロントゥルは非合法の科学実験を強行したために、未開発惑星「地球」に追放される。地球で彼のの存在を怪しんだのは、人間でもなく同胞のアシュト星人でもなく・・・地球の核問題も絡めた1964年のドイツSF作品(扉頁あらすじ・解説より)





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2017年8月31日木曜日

昔の人は共感がしにくい:『第五惑星から来た4人』マレー・ラインスター 1959年|今日のSF


『第五惑星から来た4人』マレー・ラインスターである。1959年に書かれたもので、さすがに内容が古い。

科学技術などが古いのは当たり前なのでかまわないのだが、困るのは大衆娯楽作品だと、主人公たちのものの考え方が古いことが多いことだ。

これも冷戦時代の作品で米ソ対立の影響が色濃く出ている。それはいいのだが、未来から子供たちの乗った宇宙船が地球に不時着してしまうのである。それで、自分の星に連絡をしようとするのだが、その時、主人公がとった行動は何か?
 
高度な科学技術をもった文明と今の地球が接触すると地球文明が滅んでしまう、と無線機を叩き壊して、彼らを帰れなくさせてしまうのである。いやあ、まったく主人公の行動に共感ができない。娯楽小説の主人公のくせに、子供たちに同情はないのか。

始まりがこうなので、その後、子供たちとの友情や共感がなにも生まれない。このへんをETみたくベタベタな甘い展開にして、未来の子供たちと強い友情ができて、否定的な軍部と対立して守る、というような展開にしたら、ベタすぎてうんざりはするが、現代でも通じるものにはなっていたと思う。そういう意味では硬派な作品とも言えるのだが、まあ、普通に出来が悪い。

米ソ対立に翻弄されている軍人を揶揄するような描写も出てくるのだが、主人公たちの行動も視野が狭くどっこいどっこいなので、彼らを揶揄することはできないと思う。

マレー・ラインスターはレトロな雰囲気もあるので、そういう面白さが出ても良さそうなのだが、なかなかそういう風にはならない。マレー・ラインスターは当時のSF作家の中でも大ベテランで、世代的にはむしろエドガー・ライス・バローズと同じになるんじゃないかな。そう考えると物の考え方が古いのも当然であろう。人間の倫理観は、決して普遍的な物ではなく、思ったより変化していく物だと思う。

しかし、1959年頃でも、今でも読める作品を書いてる人はいるので、この人はそうではなかったということだろう。

こんな感じで古いSFをいくつかまとめて読んでみる苦行に挑んでみる。





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2017年8月27日日曜日

おもしろくなりそうなのにならない『カズムシティ』アレステア・レナルズ|今日のSF


『カズムシティ』アレステア・レナルズである。2006年。

ぶあつい。普通、2冊にするような厚さだと思うが、ぶあつくして目立たせようという魂胆だったのだろうか。日本の製本技術の進化を体感できる。昔だと、なかなかこんなに厚くはできなかったはずだ。

内容だが、これが微妙なところで、できは悪くないのだが、もっと盛り上がりそうなところで盛り上がらない感じで、ずっと行く。悪くはないが、悪くはないんだけどなあ……という地点で止まっており、おっ、これはいいな、というところまでは、なかなか踏み込んでくれない。

設定や題材は悪くなくて、ハードボイルドな語り口で、これがグレッグ・イーガンかラリー・ニーブン クラスの作家なら、ずっとおもしろく書けてるはずだ、と思いながら読んだ。

ベストセラーは長い方が売れるそうで、これも本来は半分くらいの分量だったものを2倍に増やしたそうだ。たぶん増やした部分はカリスマ宗教家の部分で、やはり、このところがテンポが悪く、このパートを全部切ったら、良くなったんじゃないかなと思う。


内容(「BOOK」データベースより)
身近警護の専門家タナー・ミラベルは、雇い主一家を惨殺した黒幕レイビッチを追って、故郷から遠く離れたイエローストーン星に到達した。だがそこで目にしたのは異形の都市カズムシティだった。謎のウイルスによる“融合疫”の発生により、建築物はあたかも新種の植物のように成長し、複雑に融合しあって奇怪なジャングルと化していたのだ…異形の街を舞台に展開するノンストップ・ハードボイルド・アクション超大作!英国SF協会賞受賞作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

レナルズ,アレステア
1966年イギリスの南ウェールズ生まれ。ニューカースル大学で物理と天文学を学び、スコットランドのセントアンドリューズ大学で天文学の博士号を取得した。1991年、オランダに移住し欧州宇宙技術センターに入社。その前年の1990年、「インターゾーン」第36号に掲載された短篇“Nunivak Snowflakes”で作家デビュー。以来、仕事のかたわら短篇を発表していたが、2000年に『啓示空間』で長篇デビュー。たちまち注目を集め、翌年発表した『カズムシティ』で見事英国SF協会賞を受賞。その後も毎年重厚な長篇SFを発表し、現代英国SF界を代表する俊英として高く評価されている

中原/尚哉
1964年生、1987年東京都立大学人文学部英米文学科卒、英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)





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2017年8月26日土曜日

ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルの『神の目の凱歌』|今日のSF


ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルの『神の目の凱歌』である。

ラリー・ニーヴンなので、もちろんそこそこ面白いのだが、今回は忙しかったので、ほとんどジェリー・パーネルに放り投げたせいか、けっこうおざなりなできになっている……という気がしなくもない。

前半の生態系やらドラマを組み立てていく部分はラリー・ニーヴンらしいのだが、後半の宇宙艦隊で戦争始めるあたりは、ちょっと大味なんじゃないかな、と思う。

内容(「BOOK」データベースより)
人類を凌ぐ高度な文明を有する異星種属、モーティー。3017年のファースト・コンタクト以来、人類帝国は彼らの侵入を恐れ、唯一のジャンプ・ポイントの封鎖を続けていた。モーティー船は新手を駆使し、艦隊封鎖の突破を試みている。だが四半世紀を過ぎたころ、無人船らしき“張りぼて”ばかりが現われはじめた。異星人は何を企んでいる?『神の目の小さな塵』に続く傑作宇宙SF。 




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2017年6月3日土曜日

最初から最後まで異常な緊張感が持続する:ナンシー・クレスの『ベガーズ・イン・スペイン』|今日のSF


今日のSF。ナンシー・クレスの『ベガーズ・イン・スペイン』である。2009年。短編集。

これがまた傑作中の傑作で。良い点は、(1)最初から最後まで異常な緊張感が持続する。

(2)現代的なテーマの処理。テーマ自体は新人類と旧人類の対立という古典的なものになるのだが、ポイントはそこではなくて、その問題を二十一世紀に生きる我々の社会感覚で考えて処理をしている。このへんが70年代、80年代の作家とは違うところ。こういうテーマの処理の現代的な感覚は、グレック・イーガンとも共通している。たぶん皮肉屋でもあるな。

(3)きめこまかな人間描写。キャラクターの描き方がシリアスで奥が深い。このへんが大衆文学的な作品とは一線を記しているところ。

この中の一編を元にした長編三部作がナンシー・クレスの代表作らしいが、短編の方が出来が良いという話もあるようだ。機会があったら読んでみたいが、その日は来るだろうか。むしろ、中編のベガーズ・イン・スペインを上下二巻くらいの分量で読んでみたい、と思う。内容的にはそれくらいのネタが詰まっている。


内容(「BOOK」データベースより)
21世紀初頭、遺伝子改変技術により睡眠を必要としない子供たちが生まれた。高い知性、美しい容姿だけでなく驚くべき特質を持つ無眠人は、やがて一般人のねたみを買い…「新人類」テーマの傑作と高く評価され、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、アシモフ誌読者賞、SFクロニクル読者賞を受賞した表題作をはじめ、ネビュラ賞、スタージョン記念賞を受賞し、“プロバビリティ”3部作のもととなった「密告者」など全7篇を収録。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

クレス,ナンシー
1948年生まれ。ニューヨーク州の田舎町で育ち、ニューヨーク州立大学を卒業後、4年ほど小学校で教える。結婚を機に仕事をやめ、子育てのかたわら大学に戻り、教育と文学の修士号を取得。1981年にThe Prince of Morning Bellsで長篇デビュー。1991年アシモフ誌に発表した中篇「ベガーズ・イン・スペイン」でヒューゴー賞、ネビュラ賞、アシモフ誌読者賞、SFクロニクル読者賞を受賞。1996年同じくアシモフ誌に発表し、ネビュラ賞、アシモフ誌読者賞、スタージョン記念賞を受賞した中篇「密告者」の世界をもとに作り上げた『プロバビリティ・ムーン』にはじまる3部作を2000年から発表。第3作『プロバビリティ・スペース』は2003年のジョン・W・キャンベル記念賞を受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 




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2017年5月28日日曜日

太子堂八幡神社の『幸せを呼ぶウサギ』|世界小走り紀行


 うさちゃんである。

さすが神社というところで、敷地が広いので、ずいぶんと広い家に住んでいる。 三羽いて見ていたら、近くに寄ってきた。ウサギというのはよくわからないが、意外と人懐っこい。まだ、小さいウサギだ。

三軒茶屋の太子堂の若林よりの住宅地にあった大きな神社。初めて見た。ずいぶんと大きいが、今まで存在を知らなかった。

昨日は三軒茶屋から梅ヶ丘に行って帰る。二時間の小走り。ちょうど良い季節だ。梅ヶ丘の魚屋、『魚ばっか』で魚を買う。ここはなかなかいいものが安く売っている。


奥のうさ。


大きい。ここに初詣もいいな。

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2017年5月15日月曜日

久しぶりに出来が良い:ディーン・クーンツ『オッド・トーマスの霊感』2009年|今日のホラー


ディーン・クーンツの『オッド・トーマスの霊感』 。2009年である。

クーンツは80年代の全盛期だけすごく良くて、その後、日本の出版が超訳の出版社に変わったあたりから、目も開けられないほど、クオリティが下がった。クーンツも悩んで迷走しているようで、コメディを書いていたりした。しかも、そのギャグがどれひとつおもしろくない、という目を覆うような惨状だった。

それで久しぶりに早川書房に戻ってきた。たぶん、もう70歳近くになってると思うのだが、晩年になって、また復活してようで、これはけっこう良い。最高に良くはないが、なかなか良い。低迷期よりは、はるかに良い。

珍しくシリーズ化したので、評判も良かったのだろう。たぶん、死ぬまで、これだけでいくのではないか。

クーンツの割にはがんばって、キャラクターの人間描写で家族問題などを扱って、ドラマに深みを与えようとしているのだが、もともと、そういう作家ではないので、いかにも取って付けたような描写になっているのが、ほほえましい。

主人公の青年が、クライマックスの前に、まずお父さんに会いに行く。そこでお父さんとの葛藤と家族の問題が描かれる。そこまではいいのだが、次にお母さんに会いに行く。そっちでも、お母さんとの葛藤と家族の問題が描かれる。

こういうのがヘタなのだな。順番に取って付けたように行くこともないと思う。家族問題はどっちかだけにしたほうが良かったんじゃないかな。または、片方の親は、ストーリー中に分散して出しておいて、大きい問題の親の方だけ、山場の前に持ってくるとか。グロとストーリー展開の速さだけが売りの作家なので、こういうのは、得意ではないのである。

とはいえ、これはなかなか出来が良い。低迷したまま終わるかと思っていたので、うれしい。


 内容紹介
オッド・トーマスは南カリフォルニアの町ピコ・ムンドに住む20歳のコック。彼には特異な能力があった。死者の霊が目に見え、霊が伝えたいことがわかるのだ。ある日、オッドは勤務先のレストランで悪霊の取り憑いた男を見て、不吉な予感を覚える。彼は男の家を探し出して中に入るが、そこで数多の悪霊を目撃した。そして翌日に何か恐ろしいことが起きるのを知るが……巨匠が満を持して放つ最高傑作シリーズ、ついに登場!
内容(「BOOK」データベースより)

クーンツ,ディーン
1945年ペンシルヴェニア州に生まれる。子供のころから小説を書き始め、大学を卒業後、数々のアルバイトをしながら小説家をめざした。1968年、長篇第一作となるSF、Star Questを出版。以後、SF、ゴシック・ロマンス、サスペンス小説などをさまざまなペンネームで次々と書き上げた。サイコ・サスペンスの『ウィスパーズ』(1980年)とモダンホラー『ファントム』(1983年)で人気作家の地位を築いたあとは、『ストレンジャーズ』(1986年)、『ウォッチャーズ』(1987年)など、ベストセラー小説を続々と生み出している

中原/裕子
東京生まれ、英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



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2017年5月14日日曜日

ダン・ブラウンでは、いちばん地味だ:ダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』|今日のミステリー


 ダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』である。ダン・ブラウンなので、そつなく面白いのだが、一連の作品の中では、いちばん地味だ。できが悪いと言っても良い。

ダン・ブラウンは、考古学的な謎を求めて世界中を移動するという展開が多いのだが、今回はワシントンDCの中だけをグルグル回っている。距離的な移動は少ないのだが、そのかわり、時間軸の中を知識的に移動して、深みとダイナックさを出そうという意図だったと思うが、これがあまりうまく行っていない。なので、なかなか、地味な作品になっている。

また、知識的な奥行きという点でも、実のところ、そんな深みのある話が語られてるわけではない。クライマックスのすごい思想にたどり着くというシーンでも、精神と物質世界のつながりが語られているのだが、これはようするに『水に愛情を持って語りかけてから凍らせるときれいな結晶ができる』というレベルの話でしかない。

長い話の終わりなので、ダン・ブラウンはここで感動的なことを語っているつもりなのだが、むしろ、トンデモ本によく出てくるような底の浅い思想である。マイケル・クライトンなら、現実と妄想の区別をきっぱりと付けてから、それを乗り越える衝撃を展開させるところなのだが、ダン・ブラウンは、そういう科学者的な明晰さは、もっていないのだな。

ま、この世には量子物理学というのがあって、認識と物質世界の関係を研究しているようで、そのへんに関連していると言えないこともないが、うまくこなれていないと思う。

途中で主人公が死ぬ場面があって、これは死後の世界と現実のつながりを物理的に明かしていく、という展開になるのか。それは壮大すぎるテーマだが、こなせるのか。と思ったが、そうはならないで、単に実は死んでいなかったのだ、というだけだった。

むしろ、こっちの方のテーマで進めた方が、すごい話になっていたと思うな。

また『世界が転覆するような秘密』を巡って悪人と主人公が駆け巡るというのが、この小説のメインプロットなのだが、この秘密がどんなすごいものかと思ったら、これまた肩透かしで、単に『フリーメーソンの秘密儀式に政府高官が参加していた』というだけだった。

その動画が出てくるのだが、この秘密儀式が昔ながらの、おどろおどろしい、骸骨が出てきたり血を飲むとかいうもので『この動画を公開したら国民の印象が悪くなって政権がひっくり返る』という程度のネタなのだ。

えっ、それだけですか、と言いたくなるだろう。そもそも、それではアメリカ政府が転覆するだけで世界が転覆するわけではないだろう。もちろん、現実では政権がひっくり返るというのは、大事件なのだが、もっとすごいものが出てくるように思わせていて、これだったので、がっかりである。

この 『世界が転覆するような秘密』こそが、『生と死の境目をどうにかする物理的な発見』だったら、さすがに驚いただろうな、と思うのだが。ただ、SFやホラーではないので、この発見を、『バカ話にしないで大人の読者が納得できるように書く』というのは、至難の技でむずかしいと思う。

しかし、このレベルの驚きを最後に提供していないと、このプロットでは成功したとは言えないと思うよ。

構造的には、この二点が問題なのだが、初めに書いたように、例によって、ダン・ブラウンなので、そつなく面白い小説ではある。


内容紹介
世界最大の秘密結社、フリーメイソン。その最高位である歴史学者のピーター・ソロモンに代理で基調講演を頼まれたラングドンは、ワシントンDCへと向かう。しかし会場であるはずの連邦議会議事堂の“ロタンダ”でラングドンを待ち受けていたのは、ピーターの切断された右手首だった!そこには第一の暗号が。ピーターからあるものを託されたラングドンは、CIA保安局局長から、国家の安全保障に関わる暗号解読を依頼されるが。


著者について
米国ニューハンプシャー出身。2003年に発表した第4作の小説『ダ・ヴィンチ・コード』が世界的な大ベストセラーに。父は数学者、母は宗教音楽家。妻は美術史研究者で画家。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

ブラウン,ダン
1964~。米ニューハンプシャー生まれ。アマースト大学を卒業後、英語教師から作家へ転身。1998年『パズル・パレス』でデビュー。2003年、4作目となる『ダ・ヴィンチ・コード』を刊行、1週目からベストセラーランキング1位を獲得し、各国でも次々に翻訳出版され、社会現象といえるほどの驚異的な売れ行きとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 




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